わたしはわたしを知っていきたい

ここでは、「わたしはわたしを知っていきたい」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているラバンジンさんから頂いた感想と、
無空の返信を参考までにご紹介させて頂きます。

ラバンジンさん

感想ありがとうございました。

> 無空さん
>
> 今回も真のセッションをありがとうございました。
>
>
> 共鳴
>
> 「自分自身をもっと知っていきたい 」
> 「自分自身を何度でも思い出したい」
>
> 懐かしさや望郷の念と共に感動がありました。
> また、それらを含め全てが自然の営みとして起こっていることを感じました。

自然本性とも言えますね。
>
>
> アイコンタクト
>
> 「わたしはわたしを知っていきたい」という、とても強い希求がありました。

それが起こる方は幸いです。
>
>
> 瞑想
>
> すべてを知っている、すべてが知られているという、とてもやさしく柔らかい感じがありました。

開かれた知そのものとも言えますね。
>
>
> ハートの共鳴
>
> 誰もいないということの神秘

はい。
>
>
> 立場をかえて
>
> 原初の所、微細な所までもを知っていきたい

起こった思いがそれを導いていくでしょう。
>
>
> 立場なし
>
> 自分自身を愛している

知と愛は、同じものでもあると言えます。

自分自身を愛するということは、自分自身を知っていくこと、

(感じていくこと、体験していくこと、体現、実現してくこと、理解してくこと、

体験し、理解し、それが叡智となり、知そのものは、さらに深まり、さらにトータルなものとなっていきます。

不変は絶対的に不変であり、絶対も絶対的に絶対でありますが、それは、無限性そのものでもあり、

不変は不変のまま、絶対は絶対のまま、完全は完全のまま、十全は十全のまま、

無限に不変性を増し、絶対性を深め、完全性をより高め、十全性を無限に満たしていきます。)

自分自身を知っていくということは、自分自身を愛していくということ、

そのようにただひとつのものである在るは、無限に深まり、無限に実現されてきます。
>
>
>
> 日常では、自分個人というもの、他者と言われるものがいないということが、静かに浸透している事を感じています。
>
> 何かこれまでと全くちがう、
> そしてこれは何度も感じていることでもありますが、これまでは全くちがう方向を向いていた、
> そんな感じもしています。

本質的な方へのシフトが起こっているとも言えますね。

(本質の方へ、そして、現れの統合、その上でさらに本質の方へ、そこからまた現れをより精妙に統合、

ということが様々なスパン、度合いで繰り返し起こっている、とも言えます。)
>
> 存在の深みを教えてくださり、本当にありがとうございます。
>
> 一番大切なことが一番大切にされているという事が本当にありがたいです。

とても伝わってきます。
>
> 次回のセッションもよろしくお願いいたします。
>
>
> ラバンジン

こちらこそよろしくお願いいたします。

無空
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