人生の目的は、ただ生きること。スピリチュアルの最高のステージは、ただ在ること。

ここでは、「人生の目的は、ただ生きること。スピリチュアルの最高のステージは、ただ在ること。」 に関する記事を紹介しています。

Reflection / 反映(はんえい) / TANAKA Juuyoh (田中十洋)


こちらは、無空庵第一ブログに載せていたEさんの体験談(2010年11月27日掲載)を移設したものです。

(無空庵第一ブログにあるこれまで皆さんから頂いたセッションの感想のうち、主にしい方のものをひとつかふたつ、こちらのブログに移設させて頂いております。)

それ以前のものは、無空庵第一ブログの左サイドバー「カテゴリ・■セッション体験談・他のEさんの体験談・他のところにありますので、ご参考になさってください。)

第一ブログ案内1-2

(上記ご案内はリンクになっておりませんので、お手数をおかけいたしますが、URLを入力、あるいは、「無空庵」等で検索して頂きますようよろしくお願い致します。)


**********

今回は、セッションを受けられているEさんから頂いたメールと無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

こんばんは。
メールありがとうございました。
素晴らしい内容であり、他の方にも参考になる部分がありますので、返信させて頂きます。


>日曜日、セッションありがとうございました。
>一日経って気がつきました。
>一昨日のセッションのとき、一なるモノ・絶対存在からの力、エネルギーを感じてたのに、なぜ、私はあんなに>冷静だったのかと振り返り、

共鳴中は、すごい体験も、大きな浄化も、それ自体は認識しながらも、それに圧倒されることなく、冷静でいられる事も多いです。(もちろん感動することも結構ありますが。)

今回は、そのような共鳴効果とも言えますし、もうひとつは、Eさんご自身が真我の状態であったので、どのような大きなエネルギーを感じても、それに揺るがされることなく、冷静でいられたということもあります。
(体験中は大丈夫ですが、体験の後にマインドが出てくることがありますので、マインドに体験を利用されないように、その点はご注意を(笑)。)

>つらつらと思い起こしました。
>無空さんが、「普通は気が変になってしまうところですよ」(の、ようなニュアンス)をおっしゃっていらしたんですが、それも『へ~』
>って感じで受け流してましたが・・・。

マインドの準備ができていない場合は、そうなることもありますね。
でも、Eさんはもう大丈夫なのでは・・・。

>一なるモノ・絶対存在と合一まではいきませんが、同調、神の子とかの領域だったんですね。

「大いなる存在」という言葉も出てきていましたね。

>セッション中は、『これは、私ひとりの恩寵ではなく、全世界のものだよな~。みんなのものなんだ~。ふぅ~ん』って、簡単に想っていました。
>
>でも、よくよく考えると、ひとり瞑想で至福経験をして、その後2~3時間の間、ヘラヘラとしていた自分と比較すると、一昨日のセッションのほうが、すごい経験だったんですね。

起こったことの素晴らしさに、後から気づくということも結構ありますね。
(セッション中に起こった体験を、場合によっては強調することもありますが、基本的には、私の中では全ては普通感覚(素晴らしい普通ですが(笑))の中で起こってますし、マインドのことも配慮して、大げさにしないことも結構多いですね。)

>もしひとりで(ま~、ひとりだったらたどり着けない領域ですが)その領域に入ることができても、きっと勘違いしますね。
>『私(個人として)は神の子だ。選ばれた人間だ』と。
>あ~、無空さんと御縁があってよかった。間違わずに本当によかった。ありがとうございます、感謝してます。

お役に立てているようでよかったです(^^)。
こちらこそ、いつも楽しくセッションさせて頂いています。
ありがとうございます。

>それで解ったんです。
>前に曹洞宗のお寺に座禅を組みに行ったとき、和尚さんが、「雲水さんは掃除を毎日する。きれいでも汚くても毎日掃除をする。掃除することに意味がある」と、いうようなことをおっしゃっていて、ずっと私は、『毎日掃除をすることに意味があるんだろうな。コツコツコツコツ、毎日毎日。忍耐でしか悟ることはできないんだろうな』と、解釈していたんですが・・・。

>違いました。

>『生きることを伝えてくれていたんだ。唯、生きることに意味があるんだということなんだと。唯我独存。ただ在ればいいということなんだ』と、気付きました。

素晴らしい気づきですね。

そう、生まれてきた目的、人生の目的は、ただ生きることです。

そして、霊的、スピリチュアルな最高の段階、ステージは、ただ在ることです。

本当の自分で在ることです。

実にシンプルですね。

ただ生きるということは、本当に素晴らしく充実したものです。
ある意味、あとは、デコレーションという感じでしょうか(笑)。
(視点を変えると、それぞれの魂によって、具体的な目的というのもありますが。)

そして、ただ生きることから、ただ在ることへと・・・。

生命そのもの。そこから生きるということが起こっていく土台、源、源泉へとシフトしていきます。

そして、そこに全てがあり、それは無限に奥深く、無限に広大です。

そこに生きている者(個人)はなく(透明な個人感覚は残りますが)、生命そのもの(全体)がそこにはただ在ります。

それは、生死を超えてただ在ります。

愛そのもの、幸せそのもの、真実そのものとして、満ち足りた状態で、ただ在ります。

>色々と気付かせて頂いてありがとうございます。
>きっと、来週になったら半分くらいは忘れてしまうかもしれないので、(エヘッ)メールをさせて頂きました。
(返信して頂かなくても大丈夫です。お気遣いなく・・・。)

書きながら、気づく、理解する、理解が深まる、確認できるということもありますので、メールをいただくのもいいですね。

>来週、月曜日のセッション、宜しくお願いします。 長々とスミマセンでした。

はい、こちらこそよろしくお願いします。      
                                         
> に・ぶ~い、Eでした。    

あまり敏感過ぎても大変な場合もあります。
ほどよい鈍さも素晴らしい能力です(笑)。

無空
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する