共鳴では、深く、身体に在るが浸透しているように感じました。

ここでは、「共鳴では、深く、身体に在るが浸透しているように感じました。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているまるこさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

まるこさま

感想ありがとうございました。

> こんばんは
> 先ほどは、ありがとうございました。
>
> 最近の意識の変容について
> 普通で、以前と何も変わっていないけど
> 防衛なく、判断なく
> 色んなものとは関わっている感じがあるということ
>
> 色んなものが、出てくるけど
> 在るが、見ている感じになり
>
> 愛おしくなるような感じがあること

在るの視点、在るの立ち位置ですね。
>
> 出会う方との会話が楽しく、仕事が楽しいこと
> をお話ししました。

在るの歩みが進んでくると、普通、自然、日常的な感じ
(何も変わっていない感じ、在るの日常性、在るの不変性、在るの継続性、在るの永遠性、在るの知っている感じ)と、
起こること自体、あるいは、何かが起こり続けていること自体は変わっていなくとも、
起こることに対する在り方(あるいは、「起こり」そのものに対する在り方)、
そこから感じられる質等がまったく違う、
という両方を感じるようになってきます。

>
> 共鳴では、深く、身体に
> 在るが浸透しているように感じました。
>
> 浸透し、浄化し
> その繰り返しのようにも思いました。

はい、トータルな在るへのシフトは、そのように自然に、そして、丁寧に行われていきます。
>
> セッションでは、言い忘れていましたが
> 過去の様々な経験、体験が、生かされていると
> 感じることが、多くなったようにも思いました。

はい、すべては在るであり、すべてのすべてである在る、ただひとつであるものである在るは、
すべてを生かしていきます。
>
> まるこ。

ありがとうございます。

無空
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