「ただ在る」とは、こういうことだったのか、という感覚です。

ここでは、「「ただ在る」とは、こういうことだったのか、という感覚です。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているK.M(のびのび)さんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

K.Mさん

感想ありがとうございました。

> 無空さん
>
> セッション(第289回目)ありがとうございました。
>
> 感想です。
>
> はじめの共鳴では、「何も持っていない」、「すべてを感じている」、「自分自身であるすべてを感じることができる、それが愛」、「自分自身から起こるすべてをよろこんでいる」を感じました。
>
> アイコンタクトでは、「気づきだけが在る、在るのは気づきだけ、本当は何も起こっていない」を感じました。
>
> 瞑想では、「存在の体験そのもの=存在そのもの、自己の体験そのもの=自己そのもの」、「在るの強さ、深さ、厚みが増した感じ」を感じました。
>
> ハートの共鳴では、「何もない=愛、はじめから全開である」を感じました。
>
> 立場を変えての共鳴では、「何もない、全開であることだけが、すべてを溶かすことができる」を感じました。
>
> 立場なしの共鳴では、「何もない=すべて」を感じました。

今回は、本質のより本質的なところ、奥深いところから開かれた素晴らしさが全開でしたね。
>
>
>
> 日常では、
>
> 在るの実践が精妙になっているのを感じています。
>
> 「ただ在る」とは、こういうことだったのか、という感覚です。

実践、実現の度合いは、真摯な実践を継続していくことにより、より精妙なものとなっていきます。

本当に素晴らしいですね。
>
>
>
> すべてを含み、何も排除していない。
>
> 自身から起こる思考、感情、感覚も含めて、何も排除していない。
>
> 愛。
>
> すべてをよろこびと共に感じている。

在るの無限の素晴らしさが大きく開かれ、実現されているのが伝わってきます。

本当に素晴らしいですね。
>
>
>
> 素晴らしいセッションをありがとうございます。
>
> M.K

ありがとうございます。

無空
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