自分の中に、いろんなものが息づいて開かれてくる感じ

ここでは、「自分の中に、いろんなものが息づいて開かれてくる感じ」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているSnaさんから頂いた感想と無空の返信を参考までにご紹介させて頂きます。

SNaさま

感想ありがとうございました。

> 無空様
>
> いつもありがとうございます。
>
> 今日の共鳴は、楽しかったです。
> 自分の中に、いろんなものが息づいて開かれてくる感じで、
> もちろん全部よく知っている感覚なのですが、
> でも忘れている感覚でもあったりして・・・。
> 普段の生活の中でのいろんな状態、というのは、
> 実はそれそのものが「共鳴状態」でもある、
> つまり「何に共鳴しているか」、によってその時々の状態が作られる、
> と思うのですが、

そうですね。

> そういう生活の中で普段は忘れている感覚が、くるくると移り変わりながら
> (光が虹彩を放つように)次々と沸き起こってくるような感じがありました。
> 言葉というものが、そういう「自由で生きている感覚」に、全くついてゆけない、
> しゃべるためには、その感覚をいちいち止めて、固着させなくてはならないなぁ、
> と感じさせられました。
> 話すということは、過去を持ち出す、ということだ、といったようなことを、
> そういえばOshoがいつも言っていたことを思い出します。

そうですね。
また、在るについて話されるときは、それを感じながら話されるようにすると、
リアリティ、生き生き感を感じることができると思いますので、試してみてください。

また、共鳴中に起こったことではなく、あるいは、その他に、
今何が起こっているのか(何も起こっていないことも含めて)、
今、どんな感じなのかを実況中継的に話してみて頂くのもいいですね。
(それでも、今回のような感じだと、ついていけないかもしれませんが。)
>
> それと、「ムキになる」、というのは自分にとりまして、結構大きな気付きであったように思います。
> 自分の「状態」を失ってしまうのは、「ムキになる」からなのだ、と・・・。(笑)
> 自我の感覚がでてきたときに、それといっしょに「ムキになる」のが時々出てきて、
> 巻き込まれて何も見えなくなるのだ、と・・・。
> そう気付いてみると、思い当たることがもう、有り有りで・・・。
> 「見えなくなる感覚」、とは、自動的にスイッチが入って「ムキになった時」だったのか、と。
> 先ほどとは別の意味で、これもものすごく「よく知っている」感覚でした。
> ああ、これか、と。
> なじみがありすぎて、その存在に気付いていないくらいに・・・。(笑)

大きな気づきがあってよかったですね。
気づいたところから徐々に変容が促されていきます。
>
> でも、こんなことは、共鳴の時間中にはお話すべきではないですね。
> 言葉にすると、全部過去のことで、それに「今」を使わなきゃならなくなるので・・・。
>
> そんなことを感じました。

起こるがまま、感じるままに。
>
> ―――どうもありがとうございました!

ありがとうございました。

無空
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