日常そのものとして在りました。

ここでは、「日常そのものとして在りました。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているK.M(のびのび)さんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

K.Mさん

感想ありがとうございました。

> 無空さん
>
> セッション(第264回目)ありがとうございました。
>
> 感想です。
>
> はじめの共鳴では、「何の理由も意図もなく、ただ開いているもの、ただ開かれているもの」、「透明そのもの」、「真実は美しい」を感じました。
>
> アイコンタクトでは、「絶対が在る」、「絶対がただ在る」を感じました。
>
> 瞑想では、「絶対がただ在る」を感じました。
>
> ハートの共鳴では、「絶対そのもの」を感じました。
>
> 立場を変えての共鳴では、「絶対そのもの」を感じました。
>
> 立場なしの共鳴では、「ニュートラル=無限の可能性そのもの」を感じました。

今回は、素晴らしい絶対共鳴でしたね。
>
>
>
> 日常では、
>
> 日常そのものとして在りました。
>
> 現れが、日常の一瞬一瞬が、愛おしいです。

まさに、それ

愛そのもの

それは、日常として在り、日常そのものとして現れていますね。
>
>
>
> 素晴らしいセッションをありがとうございます。
>
> K.M

ありがとうございました。

無空
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