愛があふれています。

ここでは、「愛があふれています。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、お試しセッションを受けられたHiraraさんから頂いた感想と無空の返信を
参考までにご紹介させて頂きます。

Hiraraさま

感想ありがとうございました。

> 無空さま
>
> こんばんは。
> 先ほどは、ありがとうございました。
>
> お試しセッションが始まる前からハートチャクラが
> 反応し、既にセッションが始まったかのように、
> 在るという状態でした。

すでに共鳴が起こっていましたね。
>
> そして、各チャクラの反応と身体が熱くなっていました。

自然に必要なことが起こっていましたね。
(在るは、愛そのもの、全体そのものですので、全体として必要なことが自然に起こります。)
>
> 過去に体験した事や在り方の状態を確認したことで
> 理解を更に深める事が出来ました。

はい、理解が深まることでそれはより確かなものとなります。
>
> 外にも内にもない感じと答えた後に、
> 無空さん に「いい感じですね」と言われ、
> 感じている言葉に出来ないこの感覚をシェアして頂いた事が
> とても嬉しかったです。

それはよかったです。
シェアされることによって、それはより確かなものになっていきます。
焦点が当てられ、感じられ、表現され、確認、再認識されることで、それはより確かなものとなっていきます。

そして、今回、Hiraraさんが嬉しかったと同時に、在るが嬉しかったという表現もできますね。
あるいは、個として現れたHiraraさんを含めた在るが嬉しかった、
さらには、在るそのものであるHiraraさんが嬉しかった、という言い方もできます。

それ自身を自覚すること、それ自身を感じること、それ自身を知ること、
無限に知っていくこと(初めて知るという感覚と同時に、すでに知っているという感覚が在ります。
ただひとつであるものは、そのような在り方をしています。
とても不十分ではありますが、現れ的なひとつの表現をすれば、
知そのものであるそれが、具体的に開かれていく、
ある意味、相対的な“知らない”も含んだ絶対的、全体的、総体的な“知”、
“知っている”がすでに在り、
その“知っているという事実”、“知っているという感じ”はそのままで、それが具体的に開かれていく、という感じでしょうか。)
それ自身をシェアすること、それは在るのよろこびです。

一なるものが一なるまま多であることで、シェアは可能になります。
>
> 今、屋久島の自然の音を収録したCDを聞きながら
> 感想を書いています。
> セッションが続いている穏やかさです。

とてもよい感じですね。
在るは自然そのものです。
そして、穏やかさは、とてもトータルな在るの在り方ですね。
>
> セッションの感想ですが、一言でいうなら、平和という感じでした。
> 話をしている途中、意識がボーっとしてしまい
> マインドが働かなくなってしまいました。
> 無空さんから聞かれている言葉は聞こえるし
> 理解も出来ていましたが、答える事が出来ませんでした。。

自然に共鳴が強くなり、より本質度の高い在り方で在りましたね。

(マインド等が起こっていても、それも含め全体的に在れている場合、
全体的としてひとつであるものとしてで在れている場合は、
トータルな在り方で在れている。という表現を使うこともできます。)
>
>
> 共鳴に関しては、始まった瞬間からエネルギーフィールドが
> 変化し、吸いこまれてしまいました。
> ノーマインドの状態が心地よくて、広々とした空間に
> 在るという意識がとても軽やかでした。

はい、広大さ、軽やかさというのも在るの在り方のひとつです。
とてもよい感じでしたね。
>
> もともと目を開けて瞑想をすると、眉間のチャクラが
> 勝手に動き、光の点滅が始まりその後、物質的なもの全てが
> 光となってしまうのですが、
> 今回、アイコンタクトでも、無空さんと周囲の物までも
> 光に溶け込み、無空さんが消えて、、、、
> 私自身となっていました。

はい、すべては、私、真の自己、純粋な主観性そのもの、在るです。
また、それは、存在しているそれ自身に気づくことができる純粋な気づき、純粋な意識でもあり、
その気づき(ある意味、原初の気づき)、その自覚が、光(ある意味、原初の光)と言うことも
できますね。

>
> ハートの共鳴では、私自身は在るに徹底していましたが

“徹底” とてもいいですね。

> ハートチャクラがふわぁ~っと温かく反応していて、
> ハートに意識を持って行ってないのに反応していた事が
> 印象的でした。

はい、在るは無限そのものでもあり、無限の側面、無限の在り方があります。
どのような環境、状況(関係性等含む)であるか、
どのような認識、角度、視点、立ち位置、理解等であるかにより、
それ自身から起こる反応、見え方、感じ方、体験等が変わってきます。

全体であり、ニュートラルであり、何ものでもない在るは、
自発的に起こる(あるいは在る)それ自身へ気づきからの連鎖、展開、
あるいは、それ自身における無限の反射、無限の振動、無限の相関関係の中で、
そのように振る舞います。

それは、常にいかようにでも振る舞う(起こる、反応、応答する)準備ができています。
在る、無為、真の何もしない、は、空虚にただそこにあるのではなく、
満ち満ちて、“これでいい”と自己充足しながら、
同時に、それ自身から起こる何か、それ自身の中で起こる何かに対して、
常に即座に反応、応答する準備ができている状態、在り方で在ります。
>
> 途中、身体の中のうねりのあるチャクラに反応しかけましたが
> 焦点をあてずに見送りました。
>
> チャクラにしても光にしても過ぎていく体験なので
> とらわれずに、ほっときました(笑)

はい、反応、焦点が当たること、見送ること、
それも自然に起こりますが、
生まれてからこれまで、起こったものに焦点が当たる習慣がついていますから、
ほっとく練習もしましょう(笑)。

動かないもの、いつも在るもの、ずっと当たり前に在るもの、静かなもの、
すべてに気づいている意識そのもの、自分自身、真の自己には、
焦点が当たりにくいですし、焦点を当てる習慣がありませんので、
そこに焦点を当てる練習、それそのものである実践を重ねていきましょう。

理解が進み、深まり、よりトータルになっていくと、
それ自身から起こる現れ、現象もまた、それである、
すべてはそれである、という理解のもと、

それときどきで、起こったものに(必要なだけ、必要な配分、必要な強さで)焦点が当たること、
見送られること、
反応すること、無反応等、
真の自然、真の在るがままが実現されていきます。

(すべてが同時に進んでいくという側面もありますが、分かりやすく言えば、
まず変わらない本質、源に確立し、それからその現れが統合されていく━統合の前には、源と現れ等の識別も必要です━、というプロセスであるとも言えます。)
>
> それから、セッションが終わって数時間経った今、
> 愛があふれています。(*^^*)

素晴らしいですね。
在るは、愛そのものです。
>
> 愛あるセッション、ありがとうございました。
> 来週もよろしくお願いします。
> 楽しみにしています。

はい、わたしも楽しみにしています。
よろしくお願い致します。

無空
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