浮上してきたものを見るのは一人ではできない感覚でした。

ここでは、「浮上してきたものを見るのは一人ではできない感覚でした。」 に関する記事を紹介しています。
こちらは、無空庵第一ブログに載せていたJ.Oさんの体験談(2014年7月14日掲載)を移設したものです。

(無空庵第一ブログにあるこれまで皆さんから頂いたセッションの感想のうち、主に新しい方のものからひとつかふたつ、こちらのブログに移設させて頂いております。

それ以前のものは、無空庵第一ブログの左サイドバー「カテゴリ・■セッション体験談・他のJ.Oさんの体験談・他のところにありますので、ご参考になさってください。)

第一ブログ案内1-2

(上記ご案内はリンクになっておりませんので、お手数をおかけいたしますが、URLを入力、あるいは、「無空庵」等で検索して頂きますようよろしくお願い致します。)

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今回は、セッションを受けられているJ.Oさんから頂いた感想と無空の返信を、
参考までにご紹介させて頂きます。

J.Oさま

感想ありがとうございました。

> > 無空さま
> >
> > お世話になっておりますJ.Oです。
> > セッションの感想を送らせていただきます。
> >
> >
> > この日も日常生活の中で浮上してきた
> > 私のなかにあったものを、
> > 感じていました。
> > ただ、セッションの中で
> > 無空さんの「ある」を感じながら
> > その浮上してきたものを見るのは
> > 一人ではできない感覚でした。

共に在ることは、一人では難しいことを
可能にしますね。
> >
> > 印象的だったのは、
> > ハートの共鳴のとき、
> > ハートを感じない、
> > ということでした。
> >
> > ただ、その後の
> > 立場を変えて、と
> > ニュートラルのときは
> > いつもと同じような感覚がありました。
> >
> > なんとなく思うことは
> > 私の一部分は
> > 強い辛い感情のため、
> > ハートを切り離していて、
> > ただ、それは一部分であるので、
> > 立場を変えてやニュートラルのときは、
> > いつもの状態に戻れたんじゃないかな、
> > と思いました。
> >
> > これらを、
> > 全体から見ている状態にいられたらよいなあ、
> > (今は、一部分、一部分をその都度体験している感じ)
> > と思ったりしました。

はい、在るは全体そのものでもありますので、
在ることで徐々に全体的な視点も育っていくでしょう。
> >
> > 以上です。
> > ありがとうございました。

ありがとうございました。

無空
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