エックハルト・トール|無空庵

ここでは、「エックハルト・トール|無空庵」 に関する記事を紹介しています。

エックハルト・トール氏のご紹介


(こちらの記事は、無空庵第一ブログから移設したものです。)

エックハルト・トール氏は、その著書「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」、
「世界でいちばん古くて大切な教え」を参考本のところでご紹介させて頂いている現代の覚者です。

エックハルト・トール氏の書籍「世界でいちばん古くて大切な教え」(第1刷 2006年4月30日)から彼のプロフィールを紹介させて頂きます。

ドイツ生まれ。13歳までドイツで過ごす。ロンドン大学卒業後、ケンブリッジ大学研究員および指導教官となる。
29歳の時、その後の人生を180度転換させる劇的な霊的体験をする。
以後数年間は、この時の体験を理解し、深め、知識として融合するための研究に費やす。
現在は講演家として世界各地を巡り、人々にメッセージ=「苦しみから平和へいたる道」を伝えている。
処女作『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる(原題:The Power of Now』は、世界30ヵ国以上で出版され、300百万部を超えるベストセラーに。
現代でもっとも重要なスピリチュアル書のひとつに数えられている。1996年よりヴァンクーバー(カナダ)在住。

エックハルト・トール氏の本は、とても読みやすく、これまで悟り、覚醒等に関する本を読んだことがなかった方にも、理解しやすいのではないかと思います。
本質(本当の自分、真我)、そして、エゴの性質、傾向等についても理解が進む本だと思います。

わたしも、本当の自分、真我の確認が起こる前には、スピリチュアル系の本をいろいろ読み、参考になるもの、鼓舞されるもの等ありましたが、エックハルト・トール氏の「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」を読ませて頂き、今を意識し、はじめて現れレベルでの変化を実感できたという覚えがあります。

スピリチュアル系の季刊誌で、エックハルト・トール氏の顔写真を拝見したことがありますが、とても透明感のある方だと感じました。

エックハルト・トール「さとりをひらくと人生はシンプルで

楽になる」等から


それでは、エックハルト・トール氏の本から、何か所か抜粋させて頂き、ご紹介させて頂きたいと思います。

「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」より

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エックハルト・トール
「過去は、究極的には現実ではない」と認識して、「いま、この瞬間」をあるがままに受け容れることが「許し」です。
これをおこなうと、心に奇跡的な変容が起こるだけでなく、外界にも変化が起こります。
強烈に「いまに在る」と、心に平和をもたらすだけでなく、外界にも平和が生まれるのです。
「いまに在る」意識がつくるエネルギーの場に入った人やものは、すべてその影響を受けずにはいられないからです。
変化が即座に、目に見えて起こることもあれば、より深いレベルで作用し、視覚的な変化は、時間がたってから現われることもあります。
強烈に「いま」に在り、その波動を維持するだけで、直接的にはなにも手をくださなくても、不調和を溶かし、痛みを癒し、無意識を追い払えるのです。

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問い
暴力や攻撃といったものに対する、「無抵抗主義」はどうなんですか?

答え(エックハルト・トール)
わたしの言う「無抵抗」は、必ずしも、「ないもしないこと」を意味するのではありません。
わたしの言う「無抵抗」は、どのような行動も、感情的リアクションにならないということです。
「相手の力に抵抗してはなりません。身をゆだねることで打ち勝つのだ」という、東洋の格闘技の奥義である、深遠な智慧を胸に刻んでおきましょう。

しかしながら、強烈に「いまに在る」時には、「なにもしないこと」自体が威力を発揮し、状況や人々を変化させたり、癒したりすることがあります。
道教には、「行動なき行動」もしくは「なにもせず静かに座る」と一般に訳される、「無為」[wuwei]という言葉があります。
古代中国では、「無為」はもっとも気高いおこない、美徳のひとつとみなされていました。
これは、不活発な状態とは違います。
恐れ、怠慢、優柔不断などの無意識状態とは、もちろん対極に位置します。
真の「なにもしないこと」は、「手放していること」、「無抵抗であること」、「意識がはっきりと目覚めていること」が要求されるのです。

「手放すこと」の境地に達していれば、行動をとるべき時には、思考に基づいてリアクションをすることはありません。
かわりに、「在る」意識に基づいて対応するのです。
「手放すこと」の境地にある人は、非暴力主義を含め、どのような観念にもしばられていません。
その人がどんな行動を出るか、誰も予想すらできないのです。

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問い

あなたが「選択すること」についておっしゃったことは、「許し」についても、当てはまるのではないですか?
「完全に『いま』に在り、執着を捨てなければ、人を許すことはできない」。そうじゃありませんか?

答え(エックハルト・トール)
「許し」は、過去二千年にわたって使われてきた言葉ですが、ほとんどの人は、この言葉について、とても限られた見解しか持っていません。
「ほんとうの自分」のアイデンティティを、過去から引き出しているうちは、他者はもちろん、自分自身も、ほんとうの意味で許していないのです。
わたしたちの、唯一のパワーの源である、「いま」につながってはじめて、真の許しできるのです。
「いま」につながれば、過去は無力になり、自分がこれまでしたこと、されたことは「ほんとうの自分」という輝かしい本質を傷つけるどころか、それをかすりもしなかったのだと、心の奥で気づきます。
すると、「許し」という概念そのものが、不必要になります。

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「世界でいちばん古くて大切な教え」より

エックハルト・トール
ほとんどの人は、「いま、この瞬間」を「いま起こっている出来事」と錯覚しています。
でも、このふたつは別のものです。
「いま、この瞬間」は、そこで起こる出来事よりも、ずっと奥深いのです。
「いま、この瞬間」は、出来事が起きている空間なのです。
ですから、「いま、この瞬間」を、その内容と混同してはなりません。
「いま、この瞬間」は、その中で起こるどんな出来事よりも、深遠なのです。

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エックハルト・トール
思考、感情、感覚、その他なんであれ、あなたが経験するものが、「わたしの人生」を構成しています。
この「わたしの人生」が、「わたし」という感覚のよりどころであり、さらにそれを「人生の意義」だと信じるなら、少なくともあなたにとっては、それが真実になります。

けれども、これは、致命的な誤りなのです。
なぜなら、わたしたちが核で感じる「わたしが在る」という感覚は、人生の出来事とは、まったく関係がないからです。

「わたしが在る」という感覚は、「いま、この瞬間」とひとつです。
それは、どんなことがあっても変わることがありません。
子供のときであろうと、老いたときであろうと、健やかなときであろうと、病めるときであろうと、成功の頂点にいようと、失敗のどん底にいようと、「わたしが在る」、あるいは、「いま、この瞬間」のスペースは、もっとも深い次元では、永遠に不変なのです。

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エックハルト・トール
「わたしは、『本当の自分』を知りたい」。あなたはそう思うかもしれません。
けれども、あなた自身が、「本当の自分」なのです。
あなた自身が、すでに「知」そのものなのです。
あなた自身がすべてを知る媒体である意識なのです。
意識は、それ自身を知ることができません。
意識が、「知」自身なのですから。

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エックハルト・トール
自分自身を、万象万物が発生する源である意識であると知ることによって、出来事に依存することをやめ、状況、環境の中に自己を見つけようとする習性から解放されます。
いいかえるなら、どんな出来事が起こるか、あるいは起こらないかは、どっちでもよくなります。
物事の重要性、深刻さは薄れはじめます。
代わりに「遊び心」が芽生えます。
世界は、宇宙が繰り広げるダンス━形態のダンス━であり、それ以上でもそれ以下でもない、そう悟るのです。

「本当の自分」を知るとき、そこには絶えることのない、生き生きとした平和の感覚があります。
それを喜びと呼んでもいいでしょう。
なぜならば、力強く、あふれんばかりの平和、それこそが、真の喜びだからです。
それは、自分自身を、生命が形態になる前のエッセンスであると知る喜びです。
それが「在ること」の喜び、「本当の自分で在ること」の喜びです。

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「ニュー・アース-意識が変わる 世界が変わる-」より

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エックハルト・トール
エゴの底流にあってすべての行動を律しているのは不安である。
自分が何者でもないという不安、存在しなくなるという不安、死の不安だ。
結局エゴの行動はすべて、この不安を解消するためなのだが、エゴにはせいぜい親密な人間関係や新しい所有物やあれこれの勝利によって一時的にこの不安を紛らすことしかできない。
幻想は決してあなたを満足させてくれない。
ほんとうのあなたに気づくことができれば、それだけがあなたを解放してくれる。
なぜ不安なのか? エゴは形との同一化によって生じるが、実はどんな形も永遠ではなく、すべて移ろいゆくことをどこかで承知している。
だから外見はどれほど自信満々に見えても、エゴにはいつも不安定な頼りなさがつきまとう。

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エックハルト・トール
J・クリシュナムルティはインドの偉大な哲学者、霊的指導者で、五十年以上も世界各地を旅して講演し、言葉を通じて━言葉とは中身だが━言葉を超え、中身を超えたことを伝えようとした。
人生も後半にさしかかったあるとき、彼は「私の秘密を知りたいと思いますか?」と問いかけて、聴衆を驚かせた。
聞いていた全員がはっと耳をそばだてた。
聴衆の多くは二十年三十年と彼の言葉を聞いてきて、それでもなお彼の教えの本質を理解することができないでいた。
長い年月のあと、ついに師は教えを理解する鍵を与えてくれるのか。「これが私の秘密です」と彼は言った。
「私は何が起ころうと気にしない」。

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エックハルト・トール
大切なのは、目的や行動ではなくそのもとにある意識の状態だということです。


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最近のセッション例(記事投稿したものから一部抜粋させて頂いております。)

feelさんから頂いたセッションの感想(2017年4月23日投稿)

在るという立ち位置が長くなるにつれ、現れの世界も落ち着いてまいりました。

とにかく楽になってきました。ありがとうございました。


K.Mさんから頂いたセッションの感想(2017年4月13日投稿)

日常では、ある体験を通して、個人の視点は一面的である、ということをより深く実感し、
全体であることが大切である、ということを改めて強く感じました。

O.Kさんから頂いたセッションの感想(2017年4月7日投稿)

今週は在るから、身体、思考、感情が
起こっているんだという
気づきが起きた瞬間がありました。

H.KIさんから頂いたセッションの感想(2017年4月3日投稿)

ほんと、この頃は、予定のない解放感というのか、心地いいという感じです
”退屈だ”という思考が起こらなくなっているんだと思いました。

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