何もせず、何も言わず、ただそこに超然と在り続けています。

ここでは、「何もせず、何も言わず、ただそこに超然と在り続けています。」 に関する記事を紹介しています。
こちらは、無空庵第一ブログに載せていたC.Nさんの体験談(2012年7月7日掲載)を移設したものです。

(無空庵第一ブログにあるこれまで皆さんから頂いたセッションの感想のうち、主に新しい方のものからひとつかふたつ、こちらのブログに移設させて頂いております。

それ以前のものは、無空庵第一ブログの左サイドバー「カテゴリ・■セッション体験談・他のC.Nさんの体験談・他のところにありますので、ご参考になさってください。)

第一ブログ案内1-2

(上記ご案内はリンクになっておりませんので、お手数をおかけいたしますが、URLを入力、あるいは、「無空庵」等で検索して頂きますようよろしくお願い致します。)

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今回は、セッションを受けられているC.Nさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

C.Nさま

感想ありがとうございました。



> 無空様
>
> 本日も素晴らしい共鳴をありがとうございました。
> 腹が座りました。
>
> もうこれで、これだけで良いと決めました。
> 「決める」というか「決まった」という感じです。

はい。

> 素直ではない、頑固で拘りの強いマインドを懸命に掴んでいたのです。
> そう素直に認めると、重くて頑なだった何かが、ほろりほろりと落ちていくようです。
>
>
> あの場所で受けた衝撃的な体験は、私をより意識へと促してくれたように感じています
> 。

そうですね。

> すべては必然なのですね。
> そして・・・ふと書いていて思ったのですが、あれらは「私」が今までずっとしてきた
> マインドがマインドに対してしていたことなのでは?と。
>
>
> どこまでも続く、辛い辛い自作自演でした・・・。
> 終わりのない苦しい毎日でした。
> そしてそれは、永遠に続けることができるものなのです。
>
>
> ズタズタに傷付いたマインドに対して、意識が全く取り合わないのも理解できます。
> すべてわかっているのです。
> わかっていて、あえてマインドに取り合わないのです。
>
> マインドがどんなに苦しいと叫んでも
> マインドがどんなに悲しいと泣いても
> マインドがどんなに怖いと震えても
> マインドがどんなに優しくしてくれと求めても
>
> 何もせず、何も言わず、ただそこに超然と在り続けています。

はい。
それが真の愛です。
>
> その在りようの素晴らしさに感動します。
> 無関心、人ごと、他人行儀、冷たい・・・それらは砂粒ほどもありません。
> むしろ愛そのものです。

そのとおりです。
>
>
> 熱く
>
> 激しく
>
> 優しく
>
> ひそやかに
>
>
> 在るがままでありながら、マインドにさえ、在るがままでいいのだと
> ありたいように在りればいいのだと、言葉をかけるわけでもなく、ただ
> その在りようで示し続けます。
>
> 決意し、腹をくくり、意識そのものに、ただただ在れば
> すべては完璧なのですね。
> それが良くわかります。
>
>
> 「私」はもう、充分に頑張りきったと思います。
> 頑張って、踏ん張って、吐きだして・・・
> 向き合って、受け止めて、手放して・・・
> 「私」に必要なことはすべて体験できました。
> とても満足しています。
>
> これがマインドの壮大な自作自演でも、です(笑)
> それらのすべては意識という愛に支えられ護られながら
> 神聖な儀式のように、すべてが執り行われました。
>
> 「良くやった。やり遂げた」そう思います。

そうですね。
もう充分ですね。
>
>
> その後に残った古いパターンだけが、抜け殻になってもなお強く
> 存在し続けようとしていました。
> たしかに、まだ未浄化の情動も記憶もあるのでしょう。
> なくなったとは思いません。
> しかし、もう良いのです。
>
>
> 「私」などいなかった。
> それでも、許され続けていた。
>
> とても滑稽で、愛しい体験です。
> また、幻想に戻ることもあるのかもしれません。
> しかし、気がつく前には戻れません。
>
> ですから、今はこれで良しとしようと思います(微笑
> セッションの感想というか、気付きという感じになりました。
> ありがとうございました。

とても大きな気づきですね。
ありがとうございました。

無空
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