実践そのものが愛であり、愛の実現。

ここでは、「実践そのものが愛であり、愛の実現。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているK.M(のびのび)さんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

K.Mさん

感想ありがとうございました。

> 無空さん
>
> セッション(第384回目)ありがとうございました。
>
> 感想です。
>
> はじめの共鳴では、「愛そのもの」、「ただひとつ」、「愛が愛を学んでいる」を感じました。
>
> アイコンタクトでは、「ただひとつであるものそのもの」、「ただ気づいている=愛」を感じました。
>
> 瞑想では、「ただ気づいている」、「ただ気づいている=愛」を感じました。
>
> ハートの共鳴では、「すべてであり、すべてを包んでいるもの」、「何も無く、現れるもの」を感じました。
>
> 立場を変えての共鳴では、「愛でありたい」、「愛として存在している」を感じました。
>
> 立場なし、ニュートラルの共鳴では、「在るだけがあり、そこからすべてが現れている」を感じました。

今回も在るの様々に素晴らしい在り方をとてもよく感じ取られていましたね。
>
>
>
> 日常では、
>
> 家族に対しては個人が出やすいですが、その個人によりしっかりと気づいていきたいと感じています。
>
> 何が起こっていても、気づいている立ち位置に戻る。
>
> 気づいている立ち位置(愛)からの起こりは愛であり、美しい。

はい、それは、真善美そのものでもあります。
>
> いつでも愛でありたい。

在る(愛)は、そう(愛)であり、今回の共鳴中にも感じられたように、
同時に、そう(愛)でありたい、いつでもそうでありたいと、それ自身の自然本性から思っています(望んでいます。)

>
> 日々の体験の中で、何度も何度も気づいている立ち位置に戻る。
>
> その実践そのものが愛であり、愛の実現。

はい、まさにその通りです。

愛が実践すれば、その実践自体が愛であり、

愛の実現、愛の表現、愛の顕現です。

そのことにより、本質としての愛は、自らを体験的に知ることができます。
>
> その繰り返しの中で、愛がより確かで、より大きく、より自然なものになっていく。
>
> 繰り返し。
>
> 無限の繰り返し。
>
> 愛が、自分自身を現わし、愛を学んでいる。
>
> どこまでもどこまでも気づいていく。
>
> どこまでもどこまでも気づいている。
>
> 気づいているという愛がすべてを包んでいる。
>
> 体験を通して、覚悟がより強くなっていく。
>
> 愛である覚悟がより自然なものになっていく。

愛の在り方、その中でも、至高の在り方と言ってもいいですね。

それがこのように表現されることは、愛そのものにとって、

この上ないよろこびです。
>
>
>
> 素晴らしいセッションをありがとうございます。
>
> K.M

ありがとうございます。

無空
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