本当の自分|無空庵

ここでは、「本当の自分|無空庵」 に関する記事を紹介しています。

本当の自分とは


(こちらの記事は、無空庵第一ブログから移設したものです。)

本当の自分とは、どの視点、どの立ち位置から見るかで、その答えも違ってくるかも

しれません。

個人をベースに、現れの領域に関して見ていけば、その多様に現れる様々な質、

それぞれの資質、個性、特質等を見ていくことになるかもしれません。

また、自分探し、本当の自分探し等の言葉がありますが、それを自我、個人を含め、

この変化し続ける現れの世界の中に見ていくならば、

自分探しに終わるがくることはないということが言えます。

(もちろん、次々に変化していく新しい自分を探していく、ということを楽しめれば
それは素晴らしいことです。)

本当の自分、変わることのない本質は、

マインドを超えたところに在る


次々と変化し続ける自我、個人、マインドではなく、変わることのない自分、

そういう意味での本当の自分、本質、真の自己、真我とも言われるそれは、

マインドを超えたところに在ります。

それが、真の意味で、自分探し、あるいは、マインドの探求を終わらせることができます。

(真我自身の自然本性である、それ自身を無限に知っていくというプロセスは続いて
いきます。
それは、本当の自分を知った上で、欠けたものがないまま、満たされたまま、続いていきます。
参考:ニサルガダッタ・マハラジ「I AM THAT」より
『探求者は消え去るが、探求は続く。
探求は究極であり、永遠の実在だ。』
『実在の探求自体が実在の動きなのだ。
ある意味では、すべての探求は真の至福、実在の至福のためのものだ。
しかし探求ということで、私たちはマインドを超えた光としての、意識的存在の根本である真我を意味している。
この探求が終わることはけっしてない。』)

狭義の「本当の自分」、広義の「本当の自分」


それは、現れの世界にもありながら、同時にそれを超えています。

本当の自分、真の自己、真我は、すべてを貫いています。

現れの領域だけでなく、その源を含めた視点からは、本当の自分とは、

現れては変化し、そしてまた消えるということを繰り返している自我、個人ではなく、

その源であり、また、そこから現れすべて貫いている本質、真我、真の自己が

そうであると言うことができます。

それは、相対を超え、時空を超え、変わらずに在るものという意味で、

「本当の自分」という言い方ができると思います。

また、そこから現れた一時的で、個別性を持つ自我も含め、全体を「本当の自分」

と言うこともできます。

前者は、変わることのない本質部分、ある意味狭義の「本当の自分」、

後者は、変わることのない本質、そして、そこから現れた一時的な現象としての自分、

個人、自我をも含めた広義での「本当の自分」、

あるいは、よりトータルな視点からの「本当の自分」という言い方ができると思います。

本当の自分が実現されていくプロセス


まず、変わることのない本質部分、ある意味狭義の「本当の自分」を知り、

そして、それを変わることのない確かな土台として、

そこから現れた自我を含め、すべての現れも「本当の自分」であると理解、統合されていく

プロセスがあります。

参考:ラマナ・マハルシ「あるがままに ラマナ・マハルシの沈黙の教え」より

【質問者:

「ブラフマンは真理である。世界(ジャガト)は幻想である」とは
シュリー・シャンカラーチャーリアの」常套句です。
しかし、別の人たちは、「世界は実在である」と言います。
どちらが真実なのでしょうか?

ラマナ・マハルシ:

どちらの言葉も真実である。
それらは異なった霊性の段階について、異なった視点から語られたものである。
真理の探究者(アビャーシ)は、「つねに存在するものが実在である」という定義から進みはじめる。
それから彼は世界を非実在として捨て去る。
なぜなら世界は変化するものだからである。
このように、変化するものを非実在として捨て去っていくことで、探求者は究極的に真我にたどり着く。

無空補足:真我=本当の自分

その実現のなかで、彼はすべての存在がひとつとして在ることを見いだす。
そのとき、最初に非実在として捨て去られたものも、ひとつとして在ることの一部分だったことが理解されるのである。
実在のなかに吸収されれば、世界もまた実在である。
真我の実現のなかではただ存在だけがあり、他には何もない。

質問者:

バガヴァーンはマーヤ(幻想)と実在が同じものだと言われます。
どうしてそれが可能なのでしょうか?

ラマナ・マハルシ:

シャンカラーチャーリアは彼のマーヤーの見解について、人々から理解されないまま批判された。
彼はこのように言った。
(1)ブラフマンは実在である。
(2)宇宙は非実在である、そして
(3)宇宙はブラフマンである。
彼は第二番目のところで止まらなかった。
なぜなら、第三番目が他の二つを説明しているからである。
それは、もし真我として知覚されれば宇宙は実在であり、真我から分離したものとして知覚されれば宇宙は非実在だということを意味している。
したがって、マーヤーと実在はひとつであり、同じものなのである。

質問者:

そうだとすれば、世界は、本当は幻想ではないのでしょうか?

ラマナ・マハルシ:

真理の探究者の段階では、あなたは世界が幻想だと言わなければならないだろう。
他に道はない。
ある人が、自分は実在であり、永遠に、全てに遍在するブラフマンだということを忘れ、はかない身体であふれた宇宙のなかのひとつの身体を自分自身だと思いこんで、その迷妄ゆえに苦しんでいるとき、あなたは彼に世界は実在でしかなく、それは迷妄なのだということを気づかせなければならない。
なぜか?
なぜなら、真我を忘れた彼の視野は、外側の物理的な世界のなかに浸っているからである。
あなたが外側の物理的な世界は非実在だということを彼の心に焼きつけないかぎり、彼が内側に向かい内観することはないだろう。
ひとたび彼が真我を実現すれば、彼自身の真我以外に存在するものは何もないと知るだろう。
そして彼は宇宙全体をブラフマンとして見るようになるだろう。
真我を離れて宇宙は存在しないからである。
人が、すべての源である真我を見ずに、外側の世界だけを実在で不変のものとして見ているかぎり、あなたは彼にこの外側の宇宙は幻想でしかないと伝えなければならない。
それはどうすることもできないのだ。
紙を見てみなさい。
われわれは文字だけを見ている。
文字が書かれている紙に気づくものはいない。
文字がそこにあろうとなかろうと、紙はそこに在る。
あなたは文字だけを実在と見なしている人に、それはただ紙の上に載っているだけで非実在、幻想なのだと言わねばならない。
賢者は紙と文字をひとつと見なす。
それゆえ、ブラフマンと宇宙もひとつとして見るのである。

本当の自分とは、すべてのすべて


源もそれ(真我、本当の自分)であり、現れもまたそれである。

すべてはそれであり、それ以外あるものなし。

相対、二元を排除せず、それらを含み貫く一元的な視点、あるいは、

全体的な視点からは、そのような言い方ができるでしょう。

本当の自分を知り、それが実現されていくと


「真我」というタイトルの記事のところにも書きましたが、「本当の自分」を知ることにより、

より現れ(現象)から自由になっていきます。

より安心が増し、存在全体が落ち着き、安定していきます。

生命もより活性化し、より生き生きとしていきます。

本当の自分、真の自己、真我は、

喜び、幸せ、平和、愛、そして、生命そのものでもあります。

本当の自分をより深く知れば知るほど、それらは自然に増していきます。

本当の自分を知る方法 (ゼロ意識共鳴)


無空庵では、本当の自分を知るものとして、真我の共鳴(ゼロ意識共鳴)という形で

本当の自分を知り、それが実現されていくお手伝いをさせて頂いております。

そして、多くの方が、本当の自分、真の自己、真我、真実を生き始めています。

個人体験もまた、非常に貴重で素晴らしいものであると言えますが、

それも含めた上で、本当の自分を知り、それを生きる、

それが自然に生きられるということは本当に素晴らしいことです。

人生、生きることの奥行きは無限に増し、とても味わい深いものとなっていきます。


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最近のセッション例(記事投稿したものから一部抜粋させて頂いております。)

Hiraraさんから頂いたセッションの感想(2017年5月20日投稿)

常に気づきの状態で在るという理解

エネルギーがすごくて クリーンな透明で澄んでいる状態

とても素晴らしい 気づきそのもののセッション
ありがとうございました!

ラバンジンさんから頂いたセッションの感想(2017年5月10日投稿)

良いことも悪いことも、綿密に絡み合った複雑な「現れ」というものが起こることの喜び、
そしてそれも含め何も起きていないというありがたさを感じました。


まるこさんから頂いたセッションの感想(2017年5月5日投稿)

気がつけば

本当に、日々、楽しく
仕事も、心地よく
過ごせています。


H.KIさんから頂いたセッションの感想(2017年4月29日投稿)

本を読むということと一緒で、人の話しからイメージを作り、何かを思い込んでいること
さえ気づかないまま、ずーっとそこから離れることも出来ないままいたんだと気づきました
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