存在の全体感、何が起きても"在る"のだという安定感がありました。

ここでは、「存在の全体感、何が起きても"在る"のだという安定感がありました。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているT.Sさんから頂いた感想と無空の返信を
参考までにご紹介させていただきます。

T.Sさま

感想ありがとうございました。

> 無空様
>
> お世話になっております、T.Sです。
> セッションの感想を送らせていただきます。

> # 最初の共鳴
> 今回は素直に何が起こるか見てみよう、感じてみようという姿勢があり、色々な考えやフィーリングが起こっていく中で、
> 次第に思考に付き合っている時と、ただ見ている時の意識レベルの段階的な違いが感じられてきました。

よい感じですね。
最初の姿勢もよかったですね。
>
> # アイコンタクト
> 頭の後ろの方から気持ちよさが全身に広がっていく感じがありました。
> 思考を観察している意識がだんだんと溶けてきて、深く瞑想しているような、とろんとした感じがありました。

溶けてくる感じ等、よく感じ取られていますね。
>
> # 瞑想
> 気持ち良い感じが持続している時と、起こった思考や連想に自然について行って居る時と、それを見ている所に居る時とがありました。

起こっていることによく気づかれていますね。
>
> # ハート共鳴
> 言葉がない瞬間、起こっていることを言葉で解釈したり、解析したりしていない時がありました。
> そういう時は、存在の全体感、何が起きても"在る"のだという安定感がありました。
> ただ在ることが怖く、言葉を使うことで何か防御をしているのだな、という理解がありました。

素晴らしいですね。
直接体験を通した理解、これが大切です。
>
> # 立場を変えて
> 自分の体の外に"在る"がにじみ出て広がっていく感じと、慌てたように考え出す反応がありました。

両方によく気づかれていますね。
気づいている主体の方に在るということですね。
>
> # 立場なし
> 目の前の空間が全て気持ち良いような感覚がありました。

広がった在る(本質の広がり)、あるいは、もともとそれである在る、そうである在るをよく感じ取られていますね。
>
> 今回、セッション中にずっと気持ちよさがあったのですが、それを持続させようという考えと、それに伴う疲れのようなものがありました。

実践を重ねることにより、より在るがままに在れるようになり、疲れもなくなっていくでしょう。>
>
>
> その後、日常にあっても思考を介さないでただ存在する、という状態が大分身近になっている感じがあります。

とてもよい感じですね。

> 次回も、宜しくお願い致します。

こちらこそよろしくお願いいたします。

無空
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