超えている、気づいている方が主

ここでは、「超えている、気づいている方が主」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているK.M(のびのび)さんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

K.Mさん

感想ありがとうございました。

> 無空さん
>
> セッション(第368回目)ありがとうございました。
>
> 感想です。
>
> はじめの共鳴では、「超えている、気づいている方が主」を感じました。
>
> アイコンタクトでは、「これでいい、これだけが在る」を感じました。
>
> 瞑想では、言葉で表現するのが難しい感じでした。
>
> ハートの共鳴では、「全体である方が主」、「ただ気づいている」を感じました。
>
> 立場を変えての共鳴では、「すべてにただ気づいているだけ」を感じました。
>
> 立場なし、ニュートラルの共鳴では、「ただひとつであるものそのもの」を感じました。

今回も、真であり、主であり、超えている素晴らしい共鳴でしたね。
>
>
>
> 日常では、
>
> “気づいたら戻る”の繰り返しで、“何もしない”(在る)が、一歩一歩、より確かなものになっていっているのを感じています。

素晴らしい在る(何もしない)の更新ですね。

在る・何もしない(真の何もしない)は、すべてを為していると同じであり(時空の中では、そのときどきに必要なすべて)、そこに違いは全くありません。

全体に必要なすべては、そこから起こっていきます。

本当は何も起こっていない中で、すべてが起こっていきます。
>
> とらわれに、より微細に気づいています。

何もしない度合いが増し、その在り方が、より確かなものになっていくほど、そうでないもの、そうでない在り方から発生したものは、より微細に気づかれていきますね。
>
>
>
> 素晴らしいセッションをありがとうございます。
>
> K.M

ありがとうございます。

無空
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