セッション中は共鳴によって導かれている、場所がわかりやすく提示されている、のだなと思いました。

ここでは、「セッション中は共鳴によって導かれている、場所がわかりやすく提示されている、のだなと思いました。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているT.Sさんから頂いた感想と無空の返信を
参考までにご紹介させていただきます。

T.Sさま

感想ありがとうございました。

> 無空さま
>
> T.Sです、いつもお世話になっております。
> 遅れましたが、56回目のセッションと、今週の感想をお送りさせて頂きます。
>
>
> 前回の感想
> 思考が湧いてきても、"在るが在る""思考がただある"という気持ちで居た所いい感じになったように思います。

それが、在るの在り方です。
在ると同じように在ることで(さらには、そのものとして在ることで)、在るを知り、その在り方が身に付き(あるいは、統合が起こり)、
在るが実現されていきます。
>
> 今週の感想
> 何回か瞑想ができ、日常のふとした瞬間にもセッション中のような気持ちよさを感じることが度々ありました。

よい感じですね。

> ただ、意識的に"在る"であってみよう、としてみても、中々セッションのような切り替わった状態になる所までいけない感じです。
> セッション中は共鳴によって導かれている、場所がわかりやすく提示されている、のだなと思いました。

はい、セッションでは、ひとりで実践するより、より在るを明確に、また、深く感じること等が可能になります。
そして、日々の実践により、それをより存在全体に浸透、定着させていくというプロセスになります。

また、一人では開かれない、さらなる開かれを可能にするのが、ゼロ意識共鳴であるとも言えます。
>
>
> 簡単で申し訳ありません!

いえいえ、十分です。

> 次回も宜しくお願い致します。

こちらこそよろしくお願いいたします。

無空
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