”私である”という意識

ここでは、「”私である”という意識」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているT.Sさんから頂いた感想と無空の返信を
参考までにご紹介させていただきます。

T.Sさま

感想ありがとうございました。

> 無空さま
>
> T.Sです。
> 簡単ですが、55回目のセッションの感想をお送りさせて頂きます。
>
>
> やることが多い状況にありまして、だから求めるものがあるのか(笑)、今回は集中できたように思います。

それがそれ自身(それ自身の理解、トータルな実現等)に向かう在り方、現れ、多様性も含めた全体としての在り方は、面白いですね。

> モチベーションというか、いろんなものが湧いてきても在るの方に居るのだ、という意志の強さでかなり深さ?が変わってくると思いました。

今回の体験、実感、認識により、理解が増したと思います。
>
> だんだん認識が変化、広がっていき、セッションの最初と最後では全く違う精神状態になっていました。

何に意識を向けるか、焦点を当てるか、どう在るか、視点、立ち位置、理解等により、精神状態、体験、認識されるもの等も違ってきます。

> 思考が起こり、体のフィーリングと合わさることでリアルな感じなり、切迫感が強まるというプロセス、それが起こっているフィールドの全体を感じました。
> "それではない""それを認識しているほう"に意識を向け続けていると、さらに広まっていき、あたりの空間まで存在感がにじみ出ているように感じました。

現れがその源である本質としての存在の認識、理解、深まり、広がり、実現、更新等を助けていることが分かると思います。

本質としてのそれが現れ、その現れを含めた自らの在り方(本質的には、ゆらぎなきゆらぎ)の中で、存在は、自らを知り続け、更新し続け、深まり、広がり続けています。

> それらを認識しながら、それでいて頭はからっぽな感じで、”私である”という意識の重心が低く脳幹のあたりにあり、勝手に起こってくる思考と、認識して解釈している思考は違うのかな、と思いました。

よく気づかれ、認識されていますね。

書かれてある思考にも様々なものがあり、また、様々な段階があるという視点もありますが、実践の継続により、より明確、明晰で精妙な識別力と同時に、ひとつである、ひとつであるものだけがある、という視点、理解も増していくでしょう。
>
>
> 今回はこんな感じでした。次回も宜しくお願い致します。

こちらこそよろしくお願いいたします。

無空
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