起こることを放って置いてみるとハートのあたりがじんわりと暖かくなる感じがありました。

ここでは、「起こることを放って置いてみるとハートのあたりがじんわりと暖かくなる感じがありました。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているT.Sさんから頂いた感想と無空の返信を
参考までにご紹介させていただきます。

T.Sさま

ご連絡ありがとうございました。

> 無空さま
>
> T.Sです、今日もありがとうございました。
> 51回目のセッションの感想をお送りさせて頂きます。
>
>
> # 最初の共鳴
> 思考がもやもやしている状態から、次第に広がりと静けさの方にシフトする感じがありました。
> 意識がシフトしていくとともに、起こっていることがより見えてくるようになり、注目したり離れたりがありました。
>
> # アイコンタクト
> 目から頭の後ろの方がすーっとする感じがあり、数秒ほど思考のない状態になることがしばしば起こりました。
> 頭のほうが静かになってくると、体の方に意識が移っていき、ハートのあたりがしくしくする感じがありました。
>
> # 瞑想
> 目をつむっていると次第に想念が起こってくるのでですが、それがもやもやと一杯になったあたりで、
> 想念がある全体、を認識している自分のほうに意識が移り、頭全体が気持ちよくなる感じがありました。

全体が認識されているとき、また、全体を認識している自分自身が認識、自覚されているとき、
あるいは、全体そのものである自分自身が認識されているときには、
そのような感じ(気持ちよさ、心地よさを感じる)になることがありますね。
>
> # ハート共鳴
> ハートのあたりが苦手、という思いがあり、何か毎回やりにくさがあるのですが、
> 起こることを放って置いてみるとハートのあたりがじんわりと暖かくなる感じがありました。
> 同時に、そのまわりのじくじく痛む黒い感じもありました。

トータルでニュートラルな意識がハートに自然に向くことにより、必要な浄化が起こってきたかもしれませんね。
>
> # 立場を変えて
> 始めたときからぶわっと広がる感じがあり、広がっていく中で体の様々な重さ、フィーリング、もやもや起こる想念などの"自分"以外の
> 空間に意識が合い、そのスペースの広さに感動と解放感、自由な楽しさを感じました。

立場、立ち位置、視点、理解等が変わることにより、見え方、感じられ方、感じられるものが変わってくることがあります。
T.Sさんは、大きさや広がり等が感じられることが多いですね。
そして、その感覚、認識力等もより増していますね。
>
> # 立場なし
> 頭の奥の方にフォーカスが行ったり、ハートのあたりがじんわり温かくなったりと、様々な気持ちよさがありました。

焦点の移動も自然なものです。
様々な体験、味わいを重ね、存在をよりトータルに知っていきましょう。
>
>
>
> 頭が静かになってきたあたりで、ハートの周辺でじくじくする感じがよく起こり、存在感が強くそこから離れることがなかなかできませんでした。
> もともとハートを感じる、開くと行ったことがピンと来ず苦手なのもあるのですが、
> 家にいるようになってタバコの本数が増えてしまい、それも原因かも、と思いました。

在るであるところから意識がそれの現れである何か、どこかに注意が行って、なかなか離れない場合は、
そこにそれだけ注意が向けられていることが必要ため、そのようになっていることがあります。
そのことにより、癒しが起こったり、活性化が起こったり、気づきが起こったり、バランスがとられる、等のことがあります。

ここで再確認ですが、ハートの共鳴時に、体を基準としたハート、胸の辺りを決まって意識する必要は全くありません。

(在るは体を含み超えた存在であり、それを真に知り、実現するためには、体を唯一の基準、絶対の基準にしていては、
個人から真我、在るへの主体のシフトがなかなか起こりません。体というのもひとつの基準、視点、現れ、理解、体験という認識を
持たれているとよろしいと思います。)

自然にそこに意識がいくのであれば、そのままそこで在る(ハート)を感じる、在るで在りましょう。

ハートの共鳴の際のハートとは、在る、真我そのものであり、無限の在り方である在るのハートとしての在り方、側面(無限の在り方があるという視点から、
側面という表現になりますが、それぞれの側面は、それ自体がすべてであり、中心でもあり、すべてを含んでいます。)

頭、思考、知識を働かせず、ただ「ハートの共鳴」という認識を一度持ち、あとは、在る(真我、愛、全体、ハート、平和、静けさ、広大さ、自由、真善美等)でありましょう。

瞑想時に体験された全体を認識している自分、自己という在り方は、ハート的な在り方にもつながります。
ハートは、全体を全体としてまるごと認識、受容、肯定して在ります。
それは、全体を支え、全体を育み、全体を包んであります。
ハート(在る、真我、愛、気づいている意識)は、大きく、強く、柔らかく、そして、やさしく、温かく在ります。
>
>
> 次回も、宜しくお願い致します。

こちらこそよろしくお願いいたします。

無空
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