「ただ」の中に「ただ」として在る、という感じです。

ここでは、「「ただ」の中に「ただ」として在る、という感じです。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているK.M(のびのび)さんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

K.Mさん

感想ありがとうございました。

> 無空さん
>
> セッション(第338回目)ありがとうございました。
>
> 感想です。
>
> はじめの共鳴では、「より真になっていく感じ」、「中心に吸引されていく感じ」、「純粋そのもの」を感じました。

真の深まり、更新、本当に素晴らしいですね。
>
> アイコンタクトでは、「純粋そのもの」、「ただ見ている」を感じました。
>
> 瞑想では、「とらわれがないので、すべてに気づくことができる」を感じました。

「とらわれがないので、すべてに気づくことができる」

本当にその通りですね。

とらわれのなさは、在るのあらゆる側面を支え、さらなる更新を促していきます。
>
> ハートの共鳴では、「全肯定」、「素晴らしさ」を感じました。

「それ」がそのまま伝わってきます。
>
> 立場を変えての共鳴では、「『ただ』として在る」を感じました。

もっとも本質的で、シンプル、そして、すべてを含んだ在り方ですね。
>
> 立場なしの共鳴では、「本当は、立場はない」を感じました。

真なるところでは、そうですね。

そこから、様々な立場、視点、作用、現象、世界、体験、理解が生まれてきます。
>
>
>
> 日常では、
>
> 「ただ」の中に「ただ」として在る、という感じです。

「ただ」のより深い実現、より本質的でより核心の実現、奥深く厚みのある実現、本当に素晴らしいですね。
>
> また、「未知」の質が強く感じられています。

「ただ」という在り方の深まり、更新の結果、より開かれてきたものと言えるかもしれませんね。

「未知」は、玄妙で、無限の奥行きがあり、無限の可能性に満ち満ちていて、

最もエネルギーがあります。

ひとつの視点からは、それは、存在性、実在性が最も強い、最も高いと言えます。

そしてそれは、真の「今」でもあり、

「今」の中身、実体、実質、内奥に在るもの

(そして、表面にも在るもの、そのままの今、今そのものでもある)

とも言えます。

本当に素晴らしく在られていますね。

存在が無限によろこんでいます。
>
>
>
> 素晴らしいセッションをありがとうございます。
>
> K.M

ありがとうございます。

無空
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