変わらない真実に確立し、ひとつであることと同時に多様性を楽しむ。

ここでは、「変わらない真実に確立し、ひとつであることと同時に多様性を楽しむ。」 に関する記事を紹介しています。
今回はセッションを受けられているR.Uさんから頂いたメールと無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。(その2・流れの関係で一部重複しています。)

(一部補足修正箇所あり)

こちらは、無空庵第一ブログに載せていたR.Uさんの体験談(2011年7月20日掲載)を移設したものです。

(無空庵第一ブログにあるこれまで皆さんから頂いたセッションの感想のうち、新しい方のものをひとつかふたつ、こちらのブログに移設させて頂いております。)

それ以前のものは、無空庵第一ブログの左サイドバー「カテゴリ・■セッション体験談・他のR.Uさんの体験談・他のところにありますので、ご参考になさってください。)

第一ブログ案内1-2

(上記ご案内はリンクになっておりませんので、お手数をおかけいたしますが、URLを入力、あるいは、「無空庵」等で検索して頂きますようよろしくお願い致します。)

***********

前回の続きです。

> 質問がありますが、セッションの時に聞くのを忘れそうなので書いておきます。
>
> 「思考」が湧いてくるのは真我からですが この思考はいわば
> 常にチャネリングしているような物なのでしょうか?

> 普通の思考だと 「考え」と捉えて「特別な物」とエゴは解釈しませんが
>  「上からのメッセージ」だとか、言って
> チャネリングが出来る、とか言う人がいて 私のエゴはそれに特別な感覚を持って「いいなぁ~」なんて
> すがりたくなります。

真我からのメッセージは沈黙です。

(沈黙の中には、すべての言葉、そしてそれ以上のものがあります。そして、その沈黙の現れとして、それを言葉として聞く、というケースはあります。)

その他すべて(上からのとか下からのとか)は、(大きな意味ではすべて)マインドの物語です(真我だけがあるという視点からは真我の物語とも言えます。)。
(もちろん、それがこの世界的に役に立つものもあるでしょう。)

また、特別というものにすがるのも、書かれてあるようにマインドですね。
それぞれの方には、それぞれの能力があり、それは素晴らしいですが、今、R.Uさんにそれが起こっていないのなら、それは今、必要ないということですね。

今、無いものを求めるのではなく、既に在るもの、ずっと変わらずに在るものに焦点を当てましょう。

すでに(本質的には)十分なものが与えられているのにも関わらず、自分が持っていないものに注意が向き、それを欲しがるのはマインドです。
(もちろん、そこに良い悪い等はありません。また、もちろん現れ的に必要なものを欲しがるのは自然なことですし、必要なことと言えます。)
すでに在るもの、変わらずに在るものに気づき、感謝し、その深み、その素晴らしさを知ることができるのがハートです。

能力、できること、できないこと、それらは人それぞれであり、それが多様性の素晴らしさでもありますが、そこは認識しつつも、それらすべての多様性を生み出し、そして支え、見守っている「在る」というところを見つけられた方、そこに落ち着けた方は幸いです。

そのような方々は、マインドとハート、そして霊的に成熟した人たちです。

そのような方々にとっては、様々な多様性、違いは、苦しみや問題の原因となりません。

在るという絶対的な真実、すべてはひとつであるという愛と平和、幸せの中では、多様性、様々な違いは、ただそれぞれに素晴らしく、そして、美しく、またユニークであると楽しまれるだけです。

まずは絶対的な基盤を確立し、それから、ひとつであることと同時に多様性を楽しみましょう。


次回に続きます。
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する