静謐な闇を感じました。その闇は、一点の曇りもない美しい闇でした。

ここでは、「静謐な闇を感じました。その闇は、一点の曇りもない美しい闇でした。」 に関する記事を紹介しています。
今回は、セッションを受けられているMonaさんから頂いた感想と無空の返信を、参考までにご紹介させて頂きます。

Monaさま

感想ありがとうございました。

> 無空様

> 本日も素晴らしいセッション、ありがとうございました。
> 3ヶ月ぶりでしたが、セッション中、この3ヶ月間の体験をトータルに感じ、このプロセスが大切だったことを何度も感じました。
> 乾いた心に滋養が与えられ、本来のエネルギーが取り戻されつつあることを感じると同時に、それが自然なる流れの中で為されていることも感じています。

3か月の間、本当に大変でしたね。
ご自身の無理のない自然なペースで、本来のご自身を取り戻していってください。
そして、その自分は、これまで以上に強く、大きく、しなやかで、あたたかく、そして、奥深く、豊かになっているでしょう。
>   
> では、感想をお伝えします。

> 最初の共鳴
> 軽やかにやわらかく広がるものと、ハートで収縮するものを同時に感じました。
> 収縮するものが、このままでいたい、留まりたいことを感じましたが、やがて固さがなくなり、ぼんやりとして身体に吸収されていくことを感じました。

統合されていきましたね。

> やわらかく広がるものは、水面に輝く光のように、美しくきらめいていました。
> 後半は、ハートでゆったりと呼吸していました。

> アイコンタクト
> 愛がさんさんと輝いていることを感じました。

愛が、輝きが戻ってきましたね。
(本当はどこに行ってるわけでもなく、ただそれが見えなくなっていただけ、感じれなくなっていただけ。)

> 背中の重いエネルギーがゆっくりと愛によって動かされることを感じ、愛はどんなに重いものも動かすことを感じました。
> エネルギーの動きを感じると、自分が取り戻されていくことを感じました。

> 瞑想
> 深い落ち着きを感じると、静謐な闇を感じました。
> その闇は、一点の曇りもない美しい闇でした。
> 闇とはなんと美しいのだろうということを深く感じました。
> 自分の体験と重ねることで、貴重で深い理解として根付いたように感じました。

純度、均質、それでひとつであること・・・

闇とは、まさに在る、愛、ただひとつであるすべて、原初そのもののひとつの在り方です。


(姿かたちなきそれ、現れていないそれ、定義不能、捉えること不可能なそれ、

未知なるもの、マインドの届かないもの、

相対的なものではない闇、すべてを包含し、すべてを包み込んでいる闇、

全てを生み出している闇、すべてが帰っていく闇、

すべてを支え、すべてを育てている闇、

すべてが安らぎ、すべてが寛ぎ、すべてが落ち着ける闇、

現れた光と相対するものではない闇

━現れた闇にもその質はありますが━、

また、全体の自然な必要により、

どのようにでも現れ、

どのような大変な役、大きな役でも担うそれ、

現れ的なすべてのネガティブ、怖れ、悲しみ、苦しみ、

また、誹謗中傷、非難、困難等すべてをその一身に抱え、抱き、

また、現れの世界における実際的な大変さ等を、

真の愛のもと、無限の深き愛のもと、全き愛のもと、

無限の純度、無限の強さで遂行するそれ、とも言え、

また、実際に今回のように、すべての根源でもあり、また、すべてを包括するそれを

「闇」━純粋な闇、静謐な闇、美しい闇等━と感じられることがあります。)


闇のそれ自身への気づき、自覚、覚醒が光という見方もできます。

気づきそのものが光です。

根源的な光、原初の光と言ってもいいですね。

自分自身に対して明るいこと、開かれていること、

そして、(自分自身に)気づけば気づくほど(自分自身を知れば知るほど)、その輝きは無限に増していきます。

光は闇の別の在り方であり、闇は光の別の在り方です。

両者は別のものではなく、ただひとつであるものそのものです。

今回は、ご自身の体験と重ねられたことで、書かれてあるように、本当に貴重で深い理解となったことと思います。

> ハートの共鳴
> ハートのよろこびと哀しみを同時に感じると、自然と涙が溢れました。
> 現れた涙が、理解そのものとなりました。

とても奥深くトータルな感じ、ひとつであるもののの感じがしますね。

> 立場をかえて
> 動くことのよろこびを感じました。
> そこに生命の循環があり、よろこびがあるという理解が起こりました。

ただひとつであるもの(在る、愛、全体、生命)がそれ自身に気づくこと、

ただひとつで、純度100%、均質であるものの中の距離なき、時間なき気づき、

ゼロ距離、ゼロ時間、ゼロ場での気づき、

気づきそのものの中の気づき、

純粋な気づきそのものの中での気づくという動き、

移動距離ゼロ、所要時間ゼロの動き、

動きなき動き、

その気づきが、不動の中の動、

止まることのないそれ自身の中での永遠の循環、

けっして同じ循環はない無限の循環、

無限の展開、

無限の躍動、

それは、ただひとつのものである生命そのもののそれ自身における循環、よろこびです。

それは、それ自身に気づくことのよろこび、

それ自身を感じること、それ自身を体験することのよろこび、

それ自身を知ること、何度も知ること、どこまでも深く知っていくことのよろこび、

生命そのものにとって、気づくこと、動くこと自体がとても大きなよろこびです。

そしてそれは、在ること(生命)の中に含まれています。

(自己、自身が)在ることに気づけること、(それ自身の中で)動くことで在ることに気づけること、

それは在るの自然本性(愛)、在るの、在ることによる自然本性(愛)です。、

それが根源的なよろこび、

そして、在りて在るもの、存在にとっての至高のよろこびです。



> 立場なし
> 不動なるものここに在りという言葉が浮かびました。
> 不動なるものは愛であり、後半は愛が太陽のように大きく輝いていることを感じました。

ご自身を大きく、そして、これまで以上に取り戻されてきているようですね。

不動なるもの、不変なるものは、その本質において不動のまま、不変のまま、そのように成長していきます。

無限に成長していきます。

> ご無理を申し上げますが、次回のセッションもよろしくお願いいたします。

> Mona

こちらこそよろしくお願い致します。

無空
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